大竹まこと ゴールデンラジオ!で放送されました。

文化放送「大竹まこと ゴールデンラジオ!」内
「大竹発見伝 ザ・ゴールデンヒストリー」
2019年3月27日 14:00~放送されました。

大竹まことさんが、朗読してくだいました。

朗読原稿を頂きましたので、紹介致します。

 

日々、黄金の歴史あり。ザ・ゴールデンヒストリー、
今週は、「車いすと生きる」というテーマでお送りしています。

オーダーメイドで電動車いすを作っている
車いす工房・輪。
代表は、浅見一志さん、43歳。
この道に入って、18年になります。

子供の頃から機械いじりが大好きだった浅見さん。
専門学校を卒業し、機械の設計の仕事に就きます。
パソコンの画面とにらめっこの毎日が続き、
周りからは仕事ぶりを評価されていましたが、
自分の仕事が本当に役に立っているのか、実感できませんでした。

入社から3年後、浅見さんは仕事を辞め、海外へ旅に出ます。
忘れられないのは、エクアドルで出会った、スラム街の少年たち。
ドラム缶に溜まった水を飲み、電気を盗んで生活する、
豊かな日本とのギャップに驚きました。

日本に帰った浅見さんは、自分に何ができるのか、
いろいろな経験をしてみようと動きます。
フリースクールや保育園のスタッフなどを務める中で、
アルバイトしたのが、介護ヘルパー。
この時に、付き添いで車いすの工場へ行きました。
そこでは、利用する人の障がいに合わせた、
電動車いすを作っていました。

「この時、初めて車いすに乗ったんです。
 電動で座席が上下するやつとか、乗っていて楽しかったんですよ。
 単純に、面白いなと思いました」

機械いじりが得意だと知っている介護仲間に、
「あなたはこの道が向いている」と勧められ、
浅見さんは25歳の時、墨田区にある車いす工場に就職しました。

しかし、浅見さんの家から仕事場まで、電車で片道2時間。
子どもも産まれ、だんだんと生活が苦しくなってきました。
「他の仕事をやろうか」と迷っていた頃、
障がいを持つ人の父親と話す機会がありました。

「あなたの仕事は、世の中で一番大切な仕事です」

その言葉に、浅見さんは、
「こんな方がいてくれるのなら、
 自分は一生車いすを作ろう」と決めます。

2007年、のれん分けの形で独立し、
浅見さんは、「車いす工房・輪」を開きました。

浅見さんは、電動車いすを作るにあたって、
障がいを持つ人と、綿密な打ち合わせを重ねます。
まずは、仲良くなるところから始め、
家に行き、どんな生活を送り、体をどこまで動かすことができるのか、
数年後、どんな状態になっているのか、将来の話も詰めて話します。

「全身が動かせなくて寝たきりだった方が、
 くちびるの操作でスイッチを押し、
 車いすで動き回れるようになったことがありました。
 電動車いすは、可能性を広げることができるんです。
 そのために大切なのは、
 何をやりたいかを、包み隠さずに話してもらうこと、ですね」

ゆずのコンサートに行きたいという女性には、
快適に観られる電動車いすを、4年かけて作りました。
最後までコンサートを楽しめて、とても喜んでもらえたそうです。

「僕は、人の可能性を信じています。
 寿命を計ってはいけません。
 いつまでも生きてもらって、やりたいことをやってほしい。
 それが僕の願いです」

 Music  虹  /  ゆず   

東京都東村山市にある、車いす工房・輪。
従業員4人の小さな工場です。
現在、仕事が手いっぱいで新規の発注は断っているそうですが、
電動車いすを世の中の方に知ってほしいという思いから、
今回、お話を紹介させていただきました。

障がいを持つ方の自立について、
介護ヘルパー不足、住める部屋が少ないこと、
就職先が少ないことなど、問題も多く、
世の中のみなさんにも現状を知ってほしいと、
浅見さんはおっしゃっていました。


今日、おかけしたのは、
( ゆず で「 虹 」)でした。

ザ・ゴールデンヒストリー
今週は「 車いすと生きる 」というテーマでお送りしています。

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